大学生nashikuraのブログ

受験、学校生活、大学生の日常、雑記

【退屈】大学が高校よりつまらない理由を考えてみた

 どうも、大学生のnashikuraです。

 

 

 

 新年度が始まってから早くも1カ月半が経とうとしています。

 

 僕の大学の学部学科では、今年度からすべての授業が原則対面となり、コロナ禍以前の学生生活を少しずつ取り戻そうとしているところです。

 

 そんな中、すべての授業が対面、サークルやバイト等もほぼほぼ制約がない、という状態で一カ月半過ごしてみて、それでも高校の方が圧倒的に楽しかったと感じてしまっています。

 

 僕は現在大3なのですが、大1大2の頃の大学生活は、対面授業もほぼなければ、サークルや部活もしょっちゅう活動停止になったりと、本当に散々でした。

 

 そして、どうしてもその状況をいつも高校時代と比べてしまっていました。

 

 この時期はいつも部活の県大会、去年の今頃は体育祭、この時間帯はいつもみんなで一緒に帰ってたなー、などと、刺激の無さすぎる生活のせいで思い出が数年前のもので止まっている状態でした。

 

 しかしこの2年間は、「生活が楽しくないのはコロナ禍のせいだ」、「コロナのせいで大学がオンラインで友達にも会えないんだ」という感じで、楽しくないことを正当化していました

 対面授業が戻ればきっと楽しい生活が待っている、といつも期待を膨らませていました。

 

 しかし、現在対面授業が始まり、コロナ禍以前の普通の大学生のように毎日通学したり、サークル活動に参加したりする中でも、コロナ禍の2年間よりは全然楽しいですが、高校時代の楽しさは絶対超えられないと確信しました。

 

 よって、通常の大学生活を送っていたとしても、高校よりはつまらないという結論が得られました。

 

 前置きが長くなりましたが、今回の記事ではこういった経緯から、大学が高校よりつまらない理由をいくつか挙げ、実体験も踏まえてそれぞれについて考察したいと思います。

 

 

 

目次

 

 

 

 

大学が高校よりつまらない理由

➀クラスというものがない

子供達の無料写真

 多くの人がご存じのように、高校以前とは異なり、ほとんど大学にはクラスというものが存在しません

 あったとしても、形だけのもので、学生を上手く分類するためだけのものです。

 

 そもそも、大学では授業が比較的自由に取れますし、仮にクラスがあったとしても、高校以前のようにみんなが一日中同じ授業を受けるということはあまりできないはずです。

 

 一方、クラスの代わりに学部学科というものはあり、同じ専攻の学生たちは必修や選択必修の授業を一緒に受けることになります。

 特に理系は、必修科目が多いため、比較的同じ学科の人と過ごす時間は長いです。

 しかし、それでも高校のようになかなかすぐに仲良くなれないことが多いと感じており、それには以下の理由が関係していると思います。

 

 

②学校行事がない

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 高校までは、体育祭、文化祭、球技大会、修学旅行、合唱祭などなど、年中本当に様々な行事があり、否が応でも参加する必要がありました。

 一方、大学では行事といえばせいぜい学祭程度で、現在はコロナ禍で縮小気味ですが、仮に大規模に開催されたとしても高校ほどは盛り上がらないと聞いています。

(大学では参加の強制力もほとんど無かったりしますからね。)

 

 同期との親睦を深めるにはこういった行事が非常に重要で、同じ教室で普段話さない人や、異なるクラスや学部学科の人とも仲良くなる絶好に機会だったりしますので、学校行事がないのは結構痛手ですね。

 

 

③部活・サークルの強制力がない

アスリートの無料写真

 高校では、ほとんどの人が高1のはじめから高3の引退までの約2年半、部活をしていたと思います。

 運動系、文化系を問わず、約2年半ほぼ毎日同じ仲間と過ごしたことは、かけがえのないものだったと感じている人がほとんどでしょう。

 しかしそれができたのは、部活動にある程度の強制力があったからです。

 部活やそこの仲間が好きだった僕ですら、行きたくない日は結構ありましたし、試験前や長期休みの際にはせっかくの勉強や休みの機会が奪われる、といつも言いながら、しぶしぶ行っていました。

 もちろん他の部員もそうでした。

 しかし、これは強制力があったからこそできたことで、仮に部活がすべて自由参加だとしたら、本当に無法地帯になると思います。

 朝練や朝早い大会であれば大半が遅刻し、普段の練習を真面目にやるのも一部の人だけで、部全体としての士気は圧倒的に落ちます。

 部員同士の関係も悪化し、自由参加なので、もう一切来なくなる人が出てくる可能性も高いです。

 これは実際に僕が大学で最初に入った部活の話で、体育会系の部活なのに、士気が全く感じられず、結局半年ほどで僕は退部しました

 

 そして、大学での部活動に希望が持てなくなった僕は、2年はじめからサークルに入ります。

 しかし、結局サークルも強制力がもちろんないので、ある一定のレベルまでは周囲と仲良くなれましたが、なんかそのもう一歩が足りていない感じがしますね。

(高校時代の友人は何にも気を遣わなくても平気だが、大学の同期は少し気を遣ってしまう、みたいな。)

 

 ある程度の強制力があれば、あまり楽しくなくても「仕方なく来た」と言えば済みますし、「仕方なく来た」人同士でも意外と新たな交友関係が広がったりするのだと思いました。

 

 

④みんな地元が違う

マップとAirTagの写真

 これも結構大きい原因かなと思います。

 

 まず、長期休みはほとんどの人が実家に帰省し、さらにその日程がバラバラだったりするので、休み期間中はなかなか大学の人と会えないです。

 みなさんもご存じのように、大学生の長期休みは合計すると1年で4か月近くあるので、一年の1/3も会えないとなると、さすがに仲を深めるのには時間がかかりますね。

 

 さらに、高校への通学時間は長い人でも片道1時間くらいだと思うのですが、大学への通学時間は実家住みの人で平均1時間くらいで、さらに普通に2時間以上の人もザラにいます

 そのため、大学の授業がある日以外にはなかなか集まる気になれず、高校時代のように気軽に遊びに行けるということは難しいですね。

 

 

⑤何をするのにもお金がかかる

月末お金がなくて困ったの写真

 いや、もう本当にこれなんですよね。

 

 大学生になって痛感しているのですが、色々なものにお金がかかりすぎなんですよ。

 

 高校生のときは、大学生は自由だ、なんでも好きな時にできる、という話を散々聴いていたのですが、それはお金有りきの話なんですよね。

 

 教科書を買う、部活やサークル、ご飯を食べに行く、カラオケやボウリング、こういった安そうに見える出費でも地味にきつかったりします。

 

 遊ぶお金を稼ぐためにはバイトをする必要があり、結局バイトで自由が時間が奪われる、という負のループにハマりがちですね。

(バイトが面白くて楽しいという人にとっては最高だと思いますが、ほとんどの人はそうではないので。)

 

 また、僕だけかもしれないですが、大学生の遊びはお金がかかるものが多すぎると思うんですよ。

 実際、小学生の時のように外で思いっきりサッカーや鬼ごっこをしたり、公園でゆっくりおしゃべりしたり、砂浜でキャッチボールをしたりと、お金を一切使わない遊びはいっぱいあります。(僕は今でもそれらが大好きです。)

子供の無料写真

 しかし周囲の大学生は皆、なぜかおしゃれなレストランに行ったり、飲み歩いたり、頻繁にイベントに行ったりと、お金をたくさん使う遊びの方が好きなようです

 

 まあ、ここは僕と周囲の価値観の不一致かもしれないですが、、、

 

 もし、僕のようにお金を使わない遊びが好きな人が身近にたくさんいれば、もっと生活は充実するのでしょうかね??

 

 

 

⑥明確な目標がない
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 高校時代は、「受験で○○大学に受かる」、「部活で全国/地方大会に進出する」、などという明確な目標があった人が多数でしょう。

 周囲の人も、具体的な内容は違えど、だいたい同じような目標も持った人が周りにいたと思います。

 また高校時代は、その道筋にある一定の正解があり、さらに親や先生も応援してくれたので、安心して目標に取り組めたことでしょう。

 「その道筋にある一定の正解がある」というのは、例えばレベルの高い大学に行けば将来の選択肢が広がるし、部活で好成績を修めることも様々な部分で有利に働く、ということです。

 

 一方大学以降では、高校の「大学受験」や「部活」のような一般的な目標というものが定まってなく、良くも悪くも自由です。

 もちろん、医学部で絶対に医者になる、法学部で弁護士になる、インカレで優勝する、起業して社長になる、などという明確な目標がある学生は別です。

 しかし、大半の学生は高校時代まではレールに乗ってきただけであるため、具体的な目標がないという人がとても多いです。

 

 「就活で大手企業から内定をもらう」ということが、よく就活生の目標として言われています。

 確かに、大手企業から内定ももらえば、給与や福利厚生は比較的良いですし、人間関係に恵まれる確率もある程度は高くなるでしょう。

 しかし、大手企業に入ったからといって、その人の人生が幸せになるかと言われたら、それだけでは判断できませんし、もしかしたら自分の才能をより活かせるベンチャー企業の方が向いているということも十分考えられます。

 

 何が言いたいかというと、おそらく「明確な目標がない」というよりかは、「明確な目標が定められない/定め方が分からない」ということです。

 

 僕は物心がついた時から、常に何かしら目標がありました。

小学生の頃は、水泳で○○秒より速く泳ぐ、野球で全試合ヒットを打つ。

中学生の頃は、勉強で学年〇位以内、受験で○○高校(進学校)に合格する。

高校生の頃は、部活で県大会決勝に出る、受験で国公立大に受かる。

 

 こういった目標は、当たり前ですが必然的に潜在意識に植え付けられているものでした。

(水泳では速く泳いだ方が評価されるし、勉強でも成績が良い方が評価されるように。)

 高い評価を得れば、仲間からは尊敬されるし、大人からは褒められるし、異性からもモテやすくなる。

 高校までは、勉強ができる方が、スポーツや芸術ができる方が、いろんな意味で成功者に近づける可能性が高かったので、それらを頑張るのを「明確な目標」として定めやすいです。

 

 しかし大学以降では、情勢は一変してきます。

 別に大学の成績が良くても、そこそこスポーツができても、特に良いことはありません。

 大学では他人の成績なんてどうでも良いし、世界レベルや全国トップレベルでなければ、スポーツや芸術もなかなか評価されないです。

 そして結局、「何を頑張れば良いか」ということが分からなくなるのです。

 「就活」「資格」「バイト」などなど、頑張れるものは多くありますが、将来の目標がない人にとっては本当に何をすれば良いか分からないのです。

 仮に何かを目標として設定したとしても、それが自分にとって正しいということが分からないため、モチベーションが上がらなかったり、露頭に迷うことも多くなるでしょう。

 

 僕も大学入学後から半年前くらいまではこの状態に結構近く、大学生のうちにやって方が良いことをネットで検索し、とりあえずTOEICを受けたり、筋トレをしたり、ブログを書いたり、一人旅をしてみたりと、試行錯誤していましたが、なかなか目標という目標が見つかりませんでした。

 しかし、あることがきっかけで将来やってみたい仕事を見つけ、今は来年の就活でその仕事に採用されるために頑張っているところです。

 

 この経験から分かったことは、明確な目標がない状態とある状態では、やはりある状態の方が生活の充実度が各段に高い感じがします。

 

 

 

まとめ

 今回の記事では、大学が高校よりつまらない理由として、僕が考えるものをいくつか挙げました。

➀クラスというものがない

②学校行事がない

③部活・サークルの強制力がない

④みんな地元が違う

⑤何をするのにもお金がかかる

⑥明確な目標がない

 

 上で色々書きましたが、一言でまとめると、「大学より高校の方が圧倒的に刺激があった」、という結論になると考えます。

 高校生の時は、毎日学校に行くだけで何かしらの刺激がありましたが、大学では自分から行動しないと本当に何も起こらないです。

 行事もほとんどなければ、アルバイトの基本的にはルーティンワークであり、授業も高校の方が周りと楽しみながら受けられていた印象です。

 

 行動力がある人にとっては大学生活は最高ですが、マジョリティーはやはり僕のような行動力があまりない人だと思うので、ある程度は共感できると思います。

 

 

 

 

 今回の記事は、結構思い付きで書いて行ったので、なかなか話がまとまっていない部分があることをお詫びします。

 

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。